その358

キルトログ、髪飾りを拾う(1)

 しばらくして、Leeshaが戻ってきた。少しのあいだ地下壕に滞在し、付近の探索を続けよう、という話になった。ナグモラーダのことがどうも引っかかる。むろんジュノに帰ったかもしれないのだが、私同様タブナジアをうろついており、何か悪だくみを考えていないとも限らない。


 二人で今後のことについて議論していると、Leeshaの後ろから、気の弱そうな女性が近づいてきた。さっき私に声をかけようとした洗濯女である。
「あ……あの」
 何でしょう、とLeeshaが言った。私はたいていむっすり顔で、愛想のいい方ではない。ましてガルカである。彼女が見慣れてないなら気後れするだろう。その点にこにことしたLeeshaは、同じヒュームの女性でもあるし、彼女にとって話しかけやすかったのかもしれぬ。

「実はその、落し物をいたしまして……どこかでご覧にならなかったかと」

 彼女はエリシャと名乗り、気の毒なほどぺこぺこと頭を下げた。

 話はこうであった。彼女は死んだ友人のために、毎年女神像に供え物をしている。洗濯物を運んでいる途中で、純白の髪飾りがないことに気づいた。心当たりを探したのだが見つからない。おそらく通路を行く途中、どこかで落っことしたのではあるまいか。

「大して高価なものでもありませんのですが、私にとって大切な品なのです。もし見つけたら、どうか持ってきていただけないでしょうか……?」

 お安い御用ですよ、とLeeshaが言った。私はそれを遮った。私たちが協力するのは構わないが、自警団の人に頼んだ方が確かなのでは、と意見を述べた。鎧を着た髭のエルヴァーンが通りかかったので、私は彼を差し招いた。エルヴァーンが近づいてくると、エリシャはなぜか目に見えて慌て始めた。

「おはよう、エリシャ」
 エルヴァーンは低い声で挨拶した。
「遭難者の方ですな。私はプラデューロ
「Kiltrog、こっちは妻のLeesha」
 よろしく、と言って、私たちは彼と握手を交わした。

「エリシャにどのような用事で? 私は彼女の幼なじみなのですが」
 成り行きを説明しようとしたら、当のエリシャが私を睨み、ぱちぱちと片目の瞬きを繰り返した。
「いえ、何でもないのよ。ちょっと外のお話を聞かせてもらっただけ……ね?」
「そうかい」
「プラデューロ、おなかが空かない?」
「そうだな。いや、今は巡回途中だから、戻ってきたらいただくことにしよう」 

 2人の談笑を脇で聞きながら、奇妙な感覚を覚えていた。どうやらエリシャの方は、髪飾りのことを彼に隠しておきたい様子だ。理由は何だろう。当たり前に考えてみれば、私たちみたいな風来坊よりも、勝手知ったるプラデューロの方が、よほど頼りになるように思えるのだが。
 まあ、細かい事情は詮索するまい。そう自分に言い聞かせたときである。エリシャとの会話を性急に打ち切ったプラデューロが、突然奇妙なことを言い出した。

「ときに、あんた方。私の顔に見覚えはありませんか。万が一、私と知り合いであったりすることはないでしょうな? どうです?」
 

 私たちが沈黙していると、プラデューロは突然、がっはっはと笑い出した。エリシャが横から小さい声で言う。
「この人……記憶喪失なんですわ。からかってはおりませんので、お気を悪くなさらないで下さいな」
「その通りだ」
 何が自慢なのか、彼は胸を大きく張った。
「大戦時に大怪我をしたらしい。その時のショックが原因なんでしょうな。大戦以前の記憶がさっぱりなくて、新しい人と出会うたび、私を知ってませんでしたか、と尋ねておるのです」

 そうでしたか、と私は言った。だが私たちが、彼のことを知っているはずもない。
「それじゃあ警備に戻ろう。エリシャ」
「はい」
「今日は寒いから、夕飯はシチューがいい。とびきり熱いのを食わせてくれ」
「はいはい」
「それではお二人とも、ごきげんよう」

 髪飾りのことを、くれぐれも頼みますと言いながら、エリシャも去っていった。私たちはホールに戻った。まずは彼女が言っていた、女神像の周辺から探すことにする。

エリシャ

 髪飾りはあっさり見つかった。荷物置き場の暗がりに落ちていたのだ。白い貝殻を彫った業物で、光に透かすと模様が浮かび上がる。エリシャは高価ではないと言ったが、到底信じられない。私たちが持ち去ってしまわぬよう、敢えて安物だと強調したものかもしれぬ。

 髪飾りを渡すと、エリシャはとても喜び、感激のあまりむせび、嗚咽まで漏らし始めた。
「すいません、すいません」と小刻みに謝る。
「頼みついでに、申し訳ありませんが、プラデューロに伝えていただけませんか。井戸で私が待っていると」

 お安い御用であるが、どんどん話が雑用めいてきた。

「そして、あなた方は礼拝堂へ……」

 頼みましたよ、と言いながら、彼女は階段に向かう。その様子に、どこか思いつめたところがあったので、私たちは頼みを聞き、プラデューロに伝言してから、彼女の後を追った。


 礼拝堂は暗かった。神像の両脇にある燭台の、蝋燭の灯りを受け、深く頭を垂れたエリシャが浮かび上がっていた。
「伝えて来ていただけましたか」

 井戸には行かなくていいのか、とLeeshaが問う。
 彼女は横に首を振った。
「構いませんのです。お祈りするところを、プラデューロに見られたくなかっただけですから」
 亡くなられたのは、お友達とのことで。
「そうです。ミシャーノと言います……まだ若かった。幸せな結婚をしていたのに」
 
 言葉が続かなかった。私は、自分が思っていることを口に出してみた。エリシャさん、あなたは何か秘め事を持っていらっしゃる。私が思うに、どうもそれは、亡くなられた友人と、プラデューロ氏に関係した秘密ではないか。

 彼女は悲しそうに笑って、ぼんやりと女神像を見上げた。

「ご推察の通りです。私は彼に隠し事をしている……そう、そうですわ……冒険者さん。実は私が、ミシャーノを……プラデューロの妻を殺しましたの」


(05.05.20)
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