その406

キルトログ、光の洗礼を受ける

 不意に現れた、暁の巫女イヴノイルの幻影。アルドは大いに当惑していた。何を答えてよいかわからぬ風であったが、私とザイドは動じない。アルタナを信奉している暁の巫女たちが、ジラートの王子の味方ではなく、むしろ現世種に肩入れしていることを、私たちは既に知っていたからである(その387参照)。

 アルドはぶんぶんとかぶりを振った。
「こいつはたまげたな。ジラートの民はみんな、エルドナーシュの仲間だとばかり思っていた」

「そもそもの始まりは、王子が、真のクリスタルに触れたことなのですわ。地に眠る5つの偉大な力に。
 王子は完全なものを求めていました。そして、ビジョンに取り付かれました――彼のテレパスの能力のせいで、国民にもそれが伝播し、神の扉待望論が高まり出したのです」

「以前から耳にはしてたが、その」
 イヴノイルの話を無遠慮に遮らぬよう、私はおずおずと手を挙げた。
「5つのクリスタルというのは、現在の我々が利用しているエネルギーとは違うのだろうか? それとも、本質的には同じものなのだろうか?」

「現在、あなた方がクリスタルと呼んでいるものは、真のクリスタルの粗悪なコピーに過ぎません」
 イヴノイルは、容赦のないことをさらりと言った。
「そもそも、すべてのエネルギーは、5つの母クリスタルにより発するものなのです。そのうち、エネルギーにはいくつかの属性があることがわかり、我々ジラートは、用途別にそれを分類し、小型の結晶として封じて、利用していたのでした。それが、クリスタル文明の正体です。
 ですが、メルト・ブロウ――あの、カリューが巻き起こした大事故――のときに、クリスタルのエネルギーが解放され、広くヴァナ・ディールに万延してしまったのです。そのときのエネルギーが、この地で生きる生命の体内に蓄積しています。あなた方の身体の中にも、クリスタルは生きているのですよ? そのエネルギーは死なず、結晶となって残り、今あなた方が言うところの“クリスタル”として現出する、というわけです」

 なるほど合点がいった。シグネットという魔法を通して、なぜ魔物からクリスタルが採取されるのか。あれは、奴らの生命エネルギーが、かたちになったものなのだ。死ぬときにそれを落とすというのは象徴的である。

 そして、同じ意味で、クリスタルの戦士と我々は同じ“生物”なのだ。

「クリスタル・エネルギーが矮小化したことは、人間に大きな影響を及ぼしました。今日、人間はあまりに不完全な存在です。生命としての完璧さが、真世界の崩壊とともに失われたからです。とりわけ、コミュニケーション能力の不全さが、大きな機能障害をもたらしています。
 気づいているでしょうか。あなた方5種族が持つ、それぞれの暗い影を。
 ヒュームの無知。
 エルヴァーンの驕慢(きょうまん)。
 タルタルの怯懦(きょうだ)。
 ミスラの嫉妬。
 ガルカの憎悪。
 そうした負の要素は、5種族にかけられた呪いなどではなく、メルト・ブロウの後遺症で表出した、あなた方の本質なのです。現在言うところの“人間”とは、クリスタルの影響を受けて、分化してきたかつての人類にすぎないのですから」

 イヴノイルの周囲に、8つの光の玉が浮かび、くるくると旋回して、ふっと空中にかき消えた。

「ジラートは完璧、俺たちは出来そこないかい」
 アルドが揶揄した。
「ありがたい話だね」

「王子エルドナーシュは、究極の完全を追い求めています」とイヴノイル。
「個人的なことを言うならば、彼の気持ちが理解できないわけではありません。しかし、ジラートが我を通すには、あまりに時間がたちすぎました。すでにここは、あなた方の世界となってしまいました。かつての支配者だからといって、いったい誰にあなた方の、ヴァナ・ディールに住む権利を奪うことが出来るでしょう? 女神さまも決して、そのようなことをお望みではありません。
 私たちが協力いたします。といっても、ささやかなことですが……。
 光の洗礼をお受け下さい」

 む、とザイドが唸った。光の洗礼とは、エルドナーシュが「受けよ」と言った儀式である。それがどのようなものかはわからぬが、トゥー・リアへ旅立つためには、どうやら必ず経過しなくてはならぬもののようだ。

「あなた方を、空までお連れします」 
 
 装置の上部に、巨大な光の筋が浮かんだ。それはみるみるうちに輪を描き、巨大な魔法陣となって、上空に平たい身体を横たえた。
「おお!」 ザイドが指差した。「見ろ!」
 だが、彼は最後まで話すことは出来なかった。私も聞けなかった。我々の身体が光に包まれた。強く上に引っ張られる感覚を覚え、私は驚き、ばたばたともがいたが、足が地面を離れたため、まったく無駄な抵抗に終わった。

 アルドの身体が、魔法陣に向かって、砲弾のように撃ち出された。あまりにも唐突で、強力だった。続いてザイドが宙を舞った。断末魔に似た叫び声が聞こえた。アルドとザイド、どっちのものだったかわからなかった。気づいたとき、私は大口を開けていたので、あるいは自分の声だったのかもしれない。

 私は気を失った。


(05.11.01)
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