その421

キルトログ、約束する

  おまえたちは、 この地にはびこる災いであり、悪夢であり、世界をおおう恐怖、悲しみ、絶望そのものである。
  だが、希望がないわけではない……。 どんな嵐の夜をもつらぬき、 輝くひとつの星がある。 どんな獣の叫びにも消されず、流れるひとつの唄がある。
 災いは祓われねばならない。闇は払われねばならない。それがどれほどつらく、哀しいことであろうと……
 そうだ。知恵と勇気と信念をたずさえた、誇りたかき者……。
 さあ、深き眠りよりさめ、いまこそ立て、伝説の勇者たち、クリスタルの戦士よ……


 チョコボに乗って出発する前に、ジュノの女神聖堂に寄り、必勝祈願をした。相手もアルタナの眷属であるので、あまり長くは祈らなかった。Ragnarokはこの場にはおらぬ。ノーグで用事を済ますとのことで、聖地ジ・タにて我々8人と落ち合う予定である。

 街は赤いローブ――スマイルブリンガーの衣装を着た冒険者で溢れていた。いま三国では、ちょうど星忙祭が行われているのだ。いかにも新興国らしく、ジュノはこうした行事には無頓着であるが、故郷の祭りから戻った人々が、上層のどこか冷たい大通りにも、ささやかな季節の風を呼び込んでいた。


 ロ・メーヴに入る前に、無事Ragnarokと合流した。これで9人全員が揃ったことになる。

 残念なのは、Urizaneがいないことだ。仲間のひとりが冒険者を引退するので、送別に行ってしまった。申し訳なさそうに侘びを言いに来たが、私たちは「大丈夫」と言って彼を安心させた。確かに黒魔道士はいなくなるが、赤魔道士Steelbear、吟遊詩人Sif、白魔道士Leeshaの組み合わせで問題はない。どのみち最終決戦に臨むのは、いつも通り6人なのだろうから、何人かは扉の外に残ってもらわないといけないのだ。

 代わりに――というのは変な言い方だが――今日はLibrossが参加している。一緒に冒険をするのは久しぶりだ。ロ・メーヴを抜けて、アルタナ像の足元を潜るさいに、彼は女神を見上げて、嘆息しながらこう言った。
「以前、アルタナに向かって嘲笑してやると誓ったのですが、今は少し気が変わったのです」
「ほう」と私。
「アルタナという“個人”がいるのなら、それに祈るのは意味がないと思うようになりました」
 サンドリア人らしからぬ意見だが、興味深く拝聴した。
「真のアルタナは、我々の心の中にいるのです。ならば、我々が祈るのは、我々現世種のことに他ならないのであろうと」

「アルタナが、我々の心の中にいるのならば、それは新しいアルタナであり、我々は新しいクリスタルの戦士だ。そうでしょう」
 
 私がそう言うと、Sifがごくりと唾を飲み込んだ。
 Librossが拳を打ち鳴らす。
「ならば、戦いがいがあるというもの」


 神殿の大広間を通るときに、柱の陰から、私をこっそりと呼ぶ者があった。
「Kiltrog……Kiltrog……」
 ふんわりと髪の毛の持ち上がった、小鹿のような印象の女が立っていた。
 ライオンだった。


 私は立ち止まった。仲間は先を急いでいるが、彼女と立ち話をする時間くらいはあるだろう。
「あなたもいよいよ……最後の決戦に臨むのね」
 ライオンは言った。
「父さんからは、ザイドとアルドと連絡をつけるようにって言われてるの。それだけ。でも私も、最後まで戦うつもり……Kiltrogたちと一緒に。
 もしかして、足手まといかもしれないけど?」

 私がどう答えようか迷っていると、彼女は俯いたまま、話を続けた。

「わかってるわ。たぶん今じゃ、あなたたちの方が強いと思う。クリスタルの戦士たちを、一夜で倒したんですってね? 信じられない……私も、ましてやザイドもアルドも、まったく歯が立たなかったというのに。あの闇の王を、簡単に破ってしまった連中なのよ?」
「あまり偉そうなことはいえない」と私。
「一対一ではとてもかなわなかっただろう……まあ、我々が成長しているのは確かだろうが」
「昔はひよっ子だったのにね」
 ライオンがくすくす笑う。
「サンドリアの領事館で会ったころは、田舎から出てきたばかりって感じだったのに――ごめんね――今じゃこんなに立派になって、世界の命運を決める戦いに挑もうとしている」
「2年半も前になるのか」
「時の経つのははやいものよ、Kiltrog」

 沈黙が訪れた。仲間の話声も、足音も遠ざかってしまい、吹き抜ける風だけがこうこうとうるさい。ライオンに暇を告げて立ち去ろうとしたとき、彼女が不意に私の鎧の袖を引いた。


「Kiltrog……もし、この戦いが無事に終わったら……」
「……」
「私と……世界中を、旅して回らない?」


 私はまじまじとライオンを見つめた。彼女は赤面して、「変なふうにとらないで!」と手のひらを振った。

「そんな意味じゃないわ……だってあなたには、奥さんがいるし」
「そうだな」
 私は首を鳴らしながら、妻に聞かれてなくてよかったと思った。
「ただ、今でも我々は、毎日のように世界を駆け回っている。冒険者とはそうしたものだ」

「たかだかヴァナ・ディールの話じゃないの。飛空挺に乗って、サービス満点の旅ってわけ? そんなものじゃないはずよ、冒険っていうのは。私たち海賊の船が、どこまで足を伸ばしてるか知ってる? 北方、西方、南方、東方……ヴァナ・ディールは、四方の周辺地域から干渉を受けてきたわ。まだ見ぬ島、まだ見ぬ国。空と海が広がっている限り、私たちはどこまでも行ける。人間がまだ、誰ひとりも到達してない場所へだって……世界の果てを一緒に見てみたいとは思わない? Kiltrog」

「なるほど」
 私は首を掻いた。「それは面白そうだ」
「知ってる? 近東にはアトルガンっていう国があるの。東方の皇帝が治める大国で、クォンにはいない獣人もいるらしいわ。半人半蛇のラミアとか、トカゲ人間みたいなマムージャとか。マムージャに至っては、国家まで築いてるようなの。アトルガンには、そういう魔物の技を学んで習得する、青魔道士と呼ばれる連中もいるそうよ。それから……それから……」

「待った」と手で彼女を制した。ほっとくと朝まで話しかねない勢いだったからである。 
「その続きは、戻ってからゆっくり聞くとしよう……もっとも、生きて帰ることが出来ればだが……」

「だめ!」
 ライオンが大声で叫んだので、私は驚いてしまった。
「そんなことを言ってはだめ。生きて帰れないなんて……私たちは必ず、無事で戻るのよ。これ以上ジラートのことで、誰ひとりだって死なせるもんですか。
 闇の王が倒れて、世界を覆う暗雲が払われた……そう思ったのに、あいつらが現れた。闇の王より危険な兄弟。もう犠牲者はたくさん! 人が死ぬのも、それを悲しむ人を見るのも。
 これだけは覚えといて……Kiltrog……生きて帰るの。絶対よ。死ぬことを考えちゃだめ。あなたたちは、最強の戦士だもの。あんないけすかないガキなんかに負けるわけないわ。そうでしょう?
 大丈夫。きっと今夜には、何もかもが無事に終わって、モグハウスでぐっすりと寝られるから……いつも通り、これまで通り、みんながいい夢を見られるから……。
 だから死ぬなんて、冗談でも決して言わないで。
 約束して。指きりげんまん」

 ライオンの小指が回らなかったので、彼女は私の指を握り、軽く上下に振った。奇妙な指きりだった。

「足止めしてごめんね。それじゃ、私も行くから」

 ライオンは駆けていってしまった。彼女の靴音が消えてから、私はゆっくりと、神殿の奥に向かって歩き出した。


(05.02.03)
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