その429

キルトログ、最終決戦に臨む(7)

「何としても世界を……道連れに……」

 エルドナーシュは呟いて、立ち上がろうとした。だが足がふらつき、再び膝をついてしまった。もうそんな力すら残ってはいないのだ。先刻の装置の作動で、体力を大幅に使ってしまったのだろう。

「いけません、エルドナーシュ……」

 突然、女の声が聞こえた。

 それは、宿星の座の中空、クリスタルの装置の浮かぶ天井全体から、響くように私の耳に届いた。私は身体を傾け、半身になってエルドナーシュを見上げた。奴の頭上に、一条の光が差している。それは、クリスタルのような、深い青の輝きではなく、太陽の健やかな、黄色い、暖かい光だった。

 女が、輝きながら舞い降りてきた。見覚えがある。その赤いローブと頭飾りは、暁の巫女のそれだ。彼女はエルドナーシュの頭上に達し、王子に向かって、その両手をゆっくりと差し出した。

「イヴノイル……」
 エルドナーシュが言った。
「迎えに来たんだね、ぼくを……? 嫌だ。ぼくは死にたくない……どうしても、夢を諦めることが出来ない。神の扉を抜けて、本当の世界に辿り着きたい……」

「ヴァナ・ディールを傷つけてはいけません。そうすることは、神々の真世界をも、害することになるのですよ」

「……」

「あなたにならわかるはずです、エルドナーシュ。何ものにも終わりはありません。ただ、かたちを変えるだけ」

「かたちを……」
 エルドナーシュは呟いた。
「ぼくにも、その時が来たんだね……イヴノイル」

 イヴノイルは答えなかった。彼女は優しく微笑んだ。エルドナーシュが力を失って、台座に倒れ伏した。その足元が、蛍光に包まれる。それは波紋のように、奴の全身に広がっていった。きらきらと、星のような輝きが弾ける……魔王子の内側のエネルギーが、空中に溶け出しているのだ。

 ジラートの王子エルドナーシュは、眠るように死んだ。彼の身体が完全に、クリスタルの光と化したのを見届けると、イヴノイルは我々に向き直り、深々とその頭を下げた。

「またお会いしましょう。真の、クリスタルの戦士たち……」

 そして彼女も、空中へ溶けるようにいなくなった。後には何も残らなかった。あるじを失ったトゥー・リアの装置が、静かに音を立てているばかり――この1万年間、ずっとそうであったように。

 我々は、ル・アビタウ神殿を脱出した。


 6人のうち、実に3人が生命を奪われた激闘。白魔道士が戦闘不能となっていることから、回復は容易ではないと思われたが、Ruellが気をきかせて、ジュノまで戻り、白魔道士となって来ていてくれた。彼の蘇生魔法で――ガルカのレイズ3だ!――Leeshaが蘇ることが出来た。SifもParsiaも、無事に戻ってきた。Landsendが我々の回りを駆け回り、ポップスターをぽんぽんと打ち鳴らした。彼はスマイルブリンガーの格好をしている。花火も衣装も、星芒祭でモーグリから貰ってきたのだろう。

(そういえば、街はイルミネーションで溢れているのか)
 私はふと思った。今の今まで、そんなことすら忘れていた。ならばこれから、しばらく三国を回って、長い長い戦いの疲れを癒すのも悪くない。


 神殿の出口で、アルドやザイドと話す機会があった。
「お前たちのおかげだよ」とアルドが、熱っぽく私の手を握った。彼のそういう一面を見るのは久しぶりだ。何しろ近ごろの彼は、フェレーナのことで心労しているイメージが強かったから。

「ヴァナ・ディールを守るのに、貢献できたという自負はあるが……」
 申し訳なさそうに私は言った。
「ライオンの機転がなければ、何もかもおしまいだった……あと少し余力があれば、エルドナーシュにとどめを差せていたらと思うと……悔やまれてならない」
「アア……ライオン……」
 アルドが呻いた。彼女の勇気ある行動を、我々は決して忘れないだろう。たったひとりの、ささやかな覚悟。小さなひとつの意志が、またヴァナ・ディールを救ったのだ。

 ザイドが私の肩を叩いた。
「必要以上に嘆くことはない。彼女を失って悲しいのは、何もお前たちだけではない」
「ザイド」
「それにしてもお前たちが、クリスタルの戦士だったとは! 確かに、どこか只者ではないと思ってはいたが、そのような星の下に生まれていたとは、まったく考えもしなかった。特に、パルブロ鉱山で会ったときには、ほんのひよっ子だったからな」

「暗黒騎士ザイド……ガルカの勇者ザイドよ」
 私は静かに言った。

「私は思う。今回のことに携わった、私の友人たち――彼らは誰ひとり、神に選ばれてなどはいない。私もそうだ。ミッションを通じて、ジラートたちの野望を知り、本国にも内緒のまま、それを潰す手助けをしてきた。というのも、たまたまそういう境遇に居合わせ、協力できるだけの力を持っていたからに他ならない。

 それを、星の巡り合わせというなら、そうかもしれぬ。だが必ずしも、私である必要はなかった。わかるだろうか……もし私が、志なかばに倒れていても、友人たちが遺志を受け継いでくれただろう。膨大な数の冒険者の中から、必ず新しい勇者が生まれ、私の穴を埋めてくれただろう。

 私は、意志を感じる。神々のものではない……それは、我々のような凡人にははかり知れぬことだ。私が言うのは、我々ひとりひとりの、世界を守ろうとする小さな意志だ。それは常に、どんなに時代が変わっても、脈々と受け継がれる遺伝子だ。

 我々の中に生きている、ひとつひとつの意志が、我々を戦わせた。復活した闇の王と、ジラートの王子たち。はからずも2度、ヴァナ・ディールを救うことになってしまったが、それはあなたも同じだ。あなたは20年前にも、世界の救済のために活躍した。だとしたら、あなたもクリスタルの戦士だったのだ、ザイド。クリスタルの戦士という称号は、時代を超えて流れる正義の血脈、ちっぽけだが力強い、星のような輝きに他ならない。そう思ったからこそ、我々はその役割を受け入れたのだ。他の誰でもない、自分たちが、自分たちの手で、ヴァナ・ディールを救うのだと。

 将来においても、世界をおびやかす者が出るかもしれぬ。古代より蘇るか、虚空の闇より来るか、星の世界より飛来するか――それは知らぬ。100年後かも、200年後かもわからぬ。だが我々は、その頃にはおらぬだろう。アーク・ガーディアンのように、時を超えて復活することもない。だがその時には、必ず新しいクリスタルの戦士がいて、世界のために戦ってくれるだろう。フィックのような優しさ、マートのような誇り、ライオンのような勇気がある限り、必ず道は開ける。私はそう思う」

「ふむ……」
 ザイドは腕を組んだ。
「少しばかり、承諾しかねる点もあるが……まあいいだろう。それでお前たちの働きが、色あせるということはない」
「俺はもう行くぜ」
 アルドが身を翻した。
「こんなところに長居はごめんだ。いつまでもくよくよしてても、仕方ねえ……ライオンに笑われちまう。あいつがくれた命だ。あいつの分まで、楽しんで生きねえとな……」

「俺も発つとしよう、勇者よ。お前たちの戦いは見事だった。いずれまた、出会うかもしれん……その時はよろしくな。敵同士ではないといいが! 俺たちはまだ、国とか種族に縛られている……それが祝福された、我らの世界の現実だ。だがきっと、それすらも幸せの範疇なのだろうな……今にして思えば……」


 2人は去った。私は一度だけ、ジラートの神殿を振り返った。一万年の夢の終わり。その痕跡は消えず、崩れ落ちもしない。残滓はいまだここにあり、これからも存在し続ける――未来永劫、おそらく永遠に。

 トゥー・リアを、風が吹き抜けていく。再びここに来ることは二度とあるまい。つらい思い出が出来てしまった……だが、トゥー・リアのある限り、彼女の生きた証は、我々ひとりひとりの中に、強い暖かい光を放ちながら、永遠に生き続けるのだ。


 伝説は、こうはじまる。 すべての起こりは「石」だったのだ、と。

 遠い遠いむかし、おおきな美しき生ける石は、七色の輝きにて闇をはらい、世界を生命でみたし、偉大なる神々を生んだ。
 光に包まれた幸福な時代がつづき、やがて神々は眠りについた。
 世界の名は、ヴァナ・ディール。

 しかしいつしか、祝福されしヴァナ・ディールの地に、おおいなる災いが満ちる。何万年の長きにわたり、暗黒を退けていた古の封印がやぶれ、終わりなき悪夢が目覚めようとしている。罪なきものの血が大地を流れ、世界は恐怖と哀しみ、絶望におおわれるであろう。
 
 だが、希望がないわけではない……。どんな嵐の夜をもつらぬき、輝くひとつの星がある。どんな獣の叫びにも消されず、流れるひとつの唄がある。
 
 その星はあなたの星、その唄はあなたの唄。
 そしていつの日かそれは、わたし達みんなの夢となり、祈りとなるだろう……。いつか、きっと。

 おお、輝け、星よ! 響きわたれ、唄よ!

 永遠を超えてさしのべられた手と手は、もう、放されることはない。
 もう、ほどけることはない。

(06.02.08)
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