その487

キルトログ、星の神子に呼ばれる

 神子さまに呼ばれたのは光栄ではあるが、女性の寝室に、私のような冒険者が、野生の匂いの抜け切らぬ鎧姿で、ずかずか押し入るのはためらわれた。いくらガルカといえど、そのくらいの遠慮はあるのである。

 ためらっている私の気持ちを読み取ったか、セミ・ラフィーナはにやっと笑い、「大丈夫だ、それ」と言って、私を室内に押しやった。
 天蓋つきの寝台に、神子さまが横になっておられた。私を呼ばれたというのだが、いまだ目を閉じられ、お休みであるかのように見える。お顔は痩せているものの、頬にばら色の朱がさしているのを拝見して、私はほっと胸を撫で下ろした。神子さまは順調にご回復に向かわれているようだ。
 客人は寝台の傍らにある椅子に座り、布団よりこぼれた神子さまの御手を、優しく握っていた。彼女の顔を見たとき、あっと息を飲んだ。
 セミ・ラフィーナが言った。
「こちらは、ガルカの冒険者Kiltrogです。Kiltrog、紹介しよう。ウィンダスのミスラ族族長、ペリィ・ヴァシャイさまだ」


 ペリィ・ヴァシャイは顔をこちらへ向けた。両目は固く閉じられている。髪は明るい栗色だが、寝室のうす暗い明かりの下では、ちらちら光る白髪と、顔に刻まれた老いを隠すことが出来ないでいた。このような歳であったのか、と思うと、驚きを禁じえぬ。ソロムグより虎の牙を持ち帰ったときには、ずっとお元気であったように感じたものなのだが(その194参照)。

 ペリィ・ヴァシャイは盲いているはずだが、私の顔をまじまじと見つめ続ける。はて、と首を傾げてわかった。彼女は見ているのではなく、鼻をこちらへ向け、嗅覚で確かめているのである。

「そなたは、いつぞやの」
 覚えていていただいたとは恐縮だ。セミ・ラフィーナが眉を寄せ、「ご存じだったのですか」と聞いた。「牙の王に認められた狩人だよ」族長は説明したが、セミ・ラフィーナは黙って私を見つめている。そのような資格が認められながら、戦士に生きた私のやり方を、責めてでもいるかのようである。

「族長さまに、お話をしていたところです。ここ数日に、何が起こったのかを」
 起きていらっしゃったらしい。神子さまが、目を閉じられたまま言った。
「そして、24年前に見た、ウィンダスの滅亡のことを……何もかも」
「セミ・ラフィーナは、そのことを知っていたのか」
 ペリィ・ヴァシャイの声は落ち着いていたが、叱責するような強い調子が篭っていた。セミ・ラフィーナが背筋を伸ばして「いえ……」と小声で答えた。

「どうして、それを話して下さらなかったのか」
 ペリィ・ヴァシャイは無念そうに言った。セミ・ラフィーナが「恐れながら、族長」と口を挟んだ。
「神子さまの事情をおもんばかり下さいませ。ご神託が漏洩したときの、国民への影響は計り知れず……」
「口を慎め、セミ・ラフィーナ」
 ぴしゃりと言い返されて、彼女は口ごもってしまった。
「お前も幼かったとはいえ、あの戦いにおいて、どれだけのミスラの血が流れたかは知っていよう。我らはこの土地のために戦った。タルタルと共存する未来を、命を賭して切り開こうとしたのだ。私の親しかった友人たちをはじめ、多くのミスラが死んだ。その真相がこれでは、彼女たちの魂が浮かばれぬ」

 閉じられた神子さまの瞼に涙が溢れた。
「すいません、ペリィ・ヴァシャイさま」
「星の神子どの。あなたの苦悩はわかる。だが、秘密を堅持することは、ミスラに対する裏切りでしかない」
「族長!」
「よいのです、セミ・ラフィーナ。どれほどの許しを乞うても、償えるものではありません」
「せめて、私にだけは話してほしかった」
 ペリィ・ヴァシャイの声は落ち着いていた。
「この言葉が、怒りではなく、無念から来るものであることを、どうかわかって貰いたい」
「わかっております」
 神子さまは言った。「わかっております」

「私は、母親から離れ、暗闇に投げ出された子供同然でした」
 神子さまの涙がひとすじ、その丸い頬をつたった。
「ひとりで悩み、苦しみぬいた24年でした……。今思えば、何と愚かだったのでしょう。そのために、カラハ・バルハという唯一無二の忠臣を死なせ、今また、Kiltrogら6人の冒険者、アジド・マルジドやセミ・ラフィーナを危険にさらしてしまった。私は、強く思うのです。自分は星の神子失格ではなかったか、と」

 セミ・ラフィーナがはっと息を飲むのがわかった。彼女が何か口を開こうとしたが、ペリィ・ヴァシャイが片手を上げてそれを遮った。
「星の神子どの。同じようなことを、私も何度も考えたことがある」
 彼女の口調は優しかった。
「エルシモ島からウィンダスに渡った日のことを、私ははっきり覚えている。あのとき見上げた星の大樹の勇姿を、どうして忘れることが出来よう。だが、不運にも私は、オズトロヤ城へ突撃したさい、光を失った。このような状態では、とてもこの地のミスラたちをまとめることは出来ぬ。そのようにセミ・ラフィーナたちに伝え、何度も族長をおりようとしたが、皆がそれを許さなかった。特に、この強情っぱりが、言うことを聞こうとはしないのだ」
 ペリィ・ヴァシャイは、鼻先でセミ・ラフィーナを指し示した。彼女は不機嫌そうに耳を折り曲げていたので、それをご覧になった神子さまが、くすりと微笑まれた。
「彼女たちは言う。私だからこそ、この地にとどまる意味があるのだと。私はその言葉に素直に従った。きっと彼らも(と、私の方を向いて)同じ気持ちだったのではないか、と思う。ウィンダスを率いるのがあなたであったからこそ、皆が懸命にあなたを救おうとしたのだ。そして私も、あなたであったからこそ、ともに運命を託す決心をした。時間がかかったにせよ、勇気をもって話してくれたことには感謝している」
「ありがとう、族長さま」
「神子どの、私も同じ経験をしたから、わかる。あなたの気持ちが。誰にも胸のうちを明かせぬ苦労も。そしてタルタルの、誰にも心配をかけまいとする優しさも。
 だが、素直になることもまた、優しさであることを覚えておいてほしい。あなたはひとりではないのだ。ミスラは心を共有することを尊ぶ。我らの心はまた、大地の心でもある。星の神子であるあなたには、それがおわかりであろう」
「はい」
「私は盲いたが、聞くことが出来る。明日を見失ったときは、大地に横たわり、風の声に耳を傾け、空気の匂いに思いを馳せればいい。タルタルもミスラも、この土地にいる。ウィンダスという母なる国に生きている」
「はい」
「ここ数年、大地の声は弱くなっていった。私はそれを、自分の老いのせいだと思っていたが、昨日、力強い命の響きを感じた。神子どの、安心めされよ。風は明らかに変わっている。あなたの言う星月の力が、再びこの地に戻ってきたのだろう」
「おお」
 神子さまは、手の甲で涙を拭いた。「族長さま、それでは」
「そう、滅びの道は免れたようだ。だがどっちみち、ウィンダスは滅びはせぬ。このように私とあなたが、ミスラとタルタルが、互いに手に手を取り合っているのだから。そうではないか?」


 神子さまは泣いていたが、傍目に見ていても、健やかな涙だった。そのときペリィ・ヴァシャイが、ごほ、ごほと咳き込んだ。セミ・ラフィーナが慌てて飛んでいき、族長の背中を撫でた。私はその手つきに、セミ・ラフィーナの、神子さまに向けるのとはまた違う、深い尊敬と愛情を見たような気がした。
「星の神子どの。そろそろ、戻らねばならない」
 ペリィ・ヴァシャイが言った。そもそも彼女が、天の塔まで遠出してくること自体、異例のことであったのだ。
「族長さま。私もお供しましょう」
 神子さまが、意外なことを仰った。寝台から身体を起こされ、当惑しているセミ・ラフィーナに向かい、「侍女を呼んで。着物を」と命じた。セミ・ラフィーナは微笑み、深々とウィンダス式の敬礼をしてから、外へ出て行った。
「神子どの。無理をしては」と、老族長は言ったが、今度は神子さまが遮る番だった。
「いえ、ぜひ送らせて下さい。ささやかなことですが、せめてそうさせていただくことが、私が今すべきことの一つだと思うのです。
 そして、もう一つは……族長さまの仰った通り、大地に触れること。空を見上げ、風の声を聞き、森の匂いを嗅ぐために、塔に篭ってばかりはおられませんわ。私たちの長い道のりを考えれば、族長さま、天の塔から森の区まで歩くことなど、いかほどのことがあるでしょう?」

(07.05.28)
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