その144

キルトログ、『天晶堂』本店に潜入する


「本店で話を聞いたようですね」

 天晶堂のバストゥーク支部長は、ものわかりのよい人物だった。さぞかし面倒な手続きが必要なのだろうと思っていたが、特別な質疑など何もなく、あっさりと入会申込書を差し出すのである。その代わりというわけでもなかろうが、私が書類を小物入れに差し込んでいるあいだ、脅かすようにこう付け加えたのであった。

「これで、もう後戻りは出来ません。貴方も裏の世界を垣間見ることになるでしょう」

 天晶堂は裏社会の組織である。会員になっても(正確にはまだそうじゃないが)、ひとを若造だのかっぺだのと罵倒する、部下どものがらの悪さは変わらない。あまり係わり合いになりたくない連中である。だが役には立つであろう。冒険者として世界を股にかけるには、きれいごとばかり言っているわけにもいかない。私はこうして自分の行為を正当化したが、天晶堂という組織そのものが、一般人からうしろ指をさされる存在であることをゆめ忘れてはならぬ。

 
 ジュノへ戻ってきて、『海神楼』に顔を出すと、ミスラ嬢は慇懃に申込書を受け取って、では貴方は今から天晶堂の会員です、と宣言する。本店は廊下奥の扉の向こうだという。ここはいつも厳重に鍵がかけられているが、私はもう会員だから、出入りするのは自由だ。本店でも、バストゥーク支部でも、どちらでも好きに買い物をして構わない。

 ついでに天晶堂の紹介状を貰った。要は推薦状である。これを受付で差し出した人物は、会員の個人的推薦を受けたとして、申込書がなくても会員になることが出来る。単に一筆書く手間が省けるだけで、自身の利益になるわけではないが、中には紹介状をこっそり転売して、ささやかな儲けを受け取るつわものもいるようだ。これぞジュノのやり方というものだろう。

 
 さっそく本店を尋ねてみた。ぎ、ぎと大儀そうに扉が左右に開く。競売所のように雑然とした雰囲気を予想していたが、中は温かい光に照らされた大広間で、毛足の深い絨毯が私の足音を吸い取る。壁や棚の上には、主に東洋産と思われる品々が陳列されている。扇子や刀、絵画、タペストリーなどが飾られ、なかなか面白いのだが、中には価値のよくわからないものもある。特に、ただ筆に墨をつけて、文字をひとつ書いただけの巻物は何だ。東洋人はこれを壁にかけたりするそうだが、こんなものにいったいどんな価値を見出しているというのだろう?

 天晶堂の係員もまた東洋趣味である。東洋の甲冑は、主に肩と腰で板金を重ねるスタイルだが、彼らのそれは見事な紅色で、うす暗い室内でにぶい光沢を放っている。鎧の下は道着である。頭には赤いベレー帽。帽子には、白い水鳥の羽根が1本、ぴんと立っているのだが、その先端に赤い点が見える。どうやらこれが天晶堂のカラーのようだ。頭目がよほど赤好きであるか、あるいは、何か私の知らない縁起をかついででもいるのだろう。

天晶堂本店

 タルタルの係員が天晶堂の頭目について話す。彼がアルドというヒューム男子で、先代の息子であるという話は聞いていた。アルドは若くて有能なリーダーだが、さすがにこういう組織を束ねているだけあって「そりゃおっかない人」なのだそうだ。

「いいかい、アルド様がじっと考えこんでいるような時に、その目を覗き込むような真似だけはよしといた方がいい。ありゃ、地獄を見てきたって目だよ……20年前の大戦で、地獄を見た奴は多い。だが、大半はそこから帰って来れなかったんだ」

 そのおっかないリーダーも妹には甘いらしい。名はフェレーナという。

(フェレーナ姉ちゃんとフィックと一緒に、花の種を植えたんだよ! 早く芽が出るといいな!)

 何処かで聞いた覚えたあると思ったら、例の心優しいというゴブリン絡みで出てきた少女の名前ではないか(その112参照)。

 フェレーナは美しく、気立てがよく、天晶堂の係員にも好かれているようだが、それだけに兄の愛情も尋常ではないという。

 タルタル氏は凄んで、

「お客さん……もしお嬢さんに手なんか出しやがったら、翌朝には冷たくなって、市場橋のたもとにプカプカ浮いてもらうことになりやすんで、どうかよろしく」

と啖呵を切る。

 くわばら、くわばら。


アルド

 失礼して、アルドの部屋に入らせて貰った。

 東洋趣味の蔓延は、やはりこの頭領が原因であると見える。掛け軸、刀、巻物、壷……。これだけの品物を集めるのにどれだけの金銭と労力が費やされたのだろう、と考えると気が遠くなりそうだ。

 アルド本人はほっそりとした男で、壁の世界地図をじっと見据えていた。私はセルビナの町長アベラルトのことを思い出した。あの老人もやはり世界に思いを馳せていたものである。

 アベラルトとアルドは違う。老人が地図の向こう側に見ているのは、グィンハム・アイアンハートを尊敬し、彼の足取りを追うことに余生を費やしていることからもわかるように、未知の世界への憧憬である。一方アルドにとって、世界とは既知のものであり、既に掌中に収めた商品に過ぎない。なのに、不思議なことだが、地図を見つめる彼の背中から、自身の成功に対する満足感――征服した街を見下ろすような尊大さ――は感じられなかった。だとすれば、彼はその視線の先に、一体何を見つめているのだろうか。


 私は大広間に戻った。入ってきた扉の陰にガルカ氏が立っていた。私が時計塔の油の話をすると、確かにあれは、いま獣人が暴れているせいで品薄なのだ、と言う。そういう品こそ、天晶堂に来れば見つかるのさ……ここはギブ・アンド・テイクといこうじゃないか。

「俺たちは、オークの黄金マスクを探している。こいつを持ってきてくれれば、時計塔の油と交換してやろう。いい取引だろ?」

 さて妙な話になった。黄金マスクとやらが何処にあるのか、全く見当がつかない。仮に獣人どもが持っているとしてみよう。ゲルスバ野営陣、あるいは砦ならまだよいが、もしダボイのオークどもが大事に収めていて、同地に潜入しなければならないとなると……

 ガルムートには悪いが、ジュノの鐘の音が再び澄むまでには、まだだいぶ時間がかかりそうである。

(03.06.23)
Copyright (C) 2003 SQUARE ENIX CO., LTD. All Rights Reserved.
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送