その186

キルトログ、隠れ海岸を見つける

 ヒューム女性は私に向かって手を振り、砂を蹴って駆け寄ってくる。彼女の束ねた金髪が頭の後ろでそよぐ。息を整えながら、ここにいると思った、と言ったのはLeeshaである。彼女はどうして私のいる場所が判ったのだろう。確かにチョコボに乗っているときに少し話をして、粘土を届けるためにセルビナに行ってくる、と先刻伝えたのではあったが。

 彼女の呼吸が落ち着くのを待って、私は話を切り出す。真っ直ぐに北を指差し、歩いて探索しようと思うのだが、一緒に行きますかと。彼女は勿論と答えて隣に寄り添う。面白いものがあるといいのだが、と私が独り言を言うと、きっと見つかりますよと請け負う。私の目的は綺麗な景色、珍しい草木や花、モニュメントの類で十分達せられるのだが、彼女が胸を張るからにはその程度の収穫で終わらないかもしれない。バルクルム砂丘に何があるかなぞ、Leeshaならとうに判っているだろうからだ。

 西の海岸から北へ歩くと、小さな崖にぶつかったので、東に迂回をしてなおも先へ進む。この近辺は僻地にあたって、地図上では北西で通路がかぎのように曲がり、行き止まりになっている。こんな場所にもゴブリンが徘徊しているが、無用の争いを避けるために敬遠する。やがて四角く太い幹のヤシが立ち並ぶ、小さな林を見つけた。それらを囲む、とげとげした葉っぱを持つ背の高いヤシ――どこか竹を思わせる――と好対照を成している。これらの木々はセルビナ以東でも頻繁に見られるのだが、心の余裕を欠いていたため、まじまじと観察したことは今までなかった。足元には我々の頭ほどもある三角形の実が落ちている。「ジュースがたくさん採れそう」とLeeshaが言う。あらゆるものを巻き込まずにはおれない彼女の食事哲学には、さすがに私ももう慣れてしまった。


ヤシの林

 崖を回りこんでいくと地図上の袋小路に行き着く。しかし実際には洞窟がぽっかりと口を開けている。グィンハム・アイアンハートの石碑は海岸のほら穴で発見された。ではこの中で私を待つのは何だ? 「キルトログ探検隊は謎の洞窟へ踏み込んだ!」と言いながら、Leeshaが先導する。私は副隊長の後に続いた。穴の中は存外に明るく、どうやら行き止まりで終わる気配はなさそうだった。そうした私の観察と瞑想が終わらぬうちに、あっけなく通路の終点に着いた。出口を抜けたとたん遠く潮騒が聞こえた。広がった砂地に株状の花が咲き乱れている。すでに花弁の落ちたものもあるようだが、青や黄、桃や赤など色とりどりの花は我々の目を楽しませた。とりわけ砂丘のように原色に支配される世界では、花の色は細やかに違うという単純な事実ですら時折忘れそうになる。

砂丘には珍しい色とりどりの花

 南に目をやると砂浜に接した海岸線が見えた。地図を開いたがこの場所のことは記載されていない。Leeshaの説明で今いる場所が通称「隠し海岸」「隠れ海岸」と冒険者に呼ばれていることを知った。既に人口に膾炙して久しいらしく、やはり冒険者の一団が常駐していて、凶暴な魚相手に死闘を繰り広げていた。我々は混乱をよそに足を水に浸し、水平線を眺めた。遠浅の近いところに魚の群れが影を作っている。「きれいですね」とLeeshaが言う。私はその横顔に目をやった。絵になる光景だ。沖を見つめる美女、彼女はいま何を想うのか。やがてLeeshaは言うのだった。「あの魚はおいしいのかしら」。

 先刻も述べたが、彼女の食事哲学には私ももう慣れてしまった。

沖を見つめるLeesha

 我々は波打ち際を東へと歩いた。海へ突き出た岬の崖に三つ目の洞窟があった。足を水に濡らさないとたどり着けないそこは、ブブリム半島の東海岸で発見された、オンゾゾの迷路の入り口を連想させた(その160参照)。洞窟へ入る前に、我々は沖へ歩いた。深い緑色の水に半身まで浸かりながら、Leeshaは釣り糸を垂れた。ほどなく当たりが来た。グリーディという悪食の魚がかかったので記念にあげるという。私はありがたく頂いておいた。ただし私はとんと調理に自信がないし、さりとてミスラのように魚を生で食べることも出来ないのだが。

 オンゾゾを連想した暗示はある程度当たっていた。私が襲ってくるコウモリを省みず、奥へ進むと、グスタフの洞門という涼しい洞窟へ繋がった。細い道が下り坂になって続いているので、好奇心を感じた私はしばらく下り続けたが、ここはレベル40前後の人の絶好の狩場ですよ、というLeeshaの説明を聞いたとたん、こんなに素早く動けるのかと自分で驚くほど、迅速にきびすを返して砂丘へ戻った。結局敵の姿は全然見えなかった。

 洞門は鍛錬の場所として使われてはいるが、基本的には単なる通路に過ぎず、テリガン岬へ続いているのだという。テリガン岬はコンクエスト政策地であるヴォルボー地方のいちエリアである。なるほど冒険者たちはこの秘密の洞窟を通って同地方を訪ねていたのか。そんなふうに瞑想していると、チョコボに乗った冒険者の一団が、砂浜の方から洞窟に駆け込んできた。「あれ」という声を聞いて顔を上げたらLibrossである。彼は私を探しに来たわけではないから全くの偶然である。彼の目的を問うたら、先にある場所でアンデッド・モンスターを狩りに行くのだと答えた。レベル60台の人間にはよい鍛錬ですよ、という説明を聞いてから、私はすぐさま洞窟を後にした。もはや未練は現実の前に払拭されていた。

 
 Leeshaと一緒にセルビナへ戻った。彼女はこれからマウラ行きの船に乗って、船上で釣りをするのだと言っていたが、町に入った頃には既に連絡船が港に到着しており、出発のための煙を盛んに吐いているところだった。彼女が受付を素早く済ませ、乗船口に走りこんだ。我々は慌しく手を振りあって別れた。

 粘土を町長宅に届けてから、ひどく疲れていることに気づいた。そう考えると急に眠気が襲ってきた。今夜はセルビナで一泊しよう。後のことは起きてから決めればいい。マウラかバストゥークに行くのも面白い。特に後者には近頃ぜんぜん顔を出していない。起きたらひとつ同国を目指し、懐かしい人々に挨拶してこようか、と考え、私は目を閉じた。運がよければ、きっと新しい仕事のひとつやふたつ貰うことも出来るだろう。


  (03.10.21)
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