その250

キルトログ、ジュノ大公に謁見する

「ジュノ大使館から、誰か遣すよう通達が来ている」
 ジュノ駐在大使ヘイムジ・ケイムジは、人形のような指でとんとんと机を叩いた。
「そこで、新人ではあるのだが、デルクフの塔での働きを見込んで、君に行って貰いたいと思う」

 よほど浮かない顔をしていたのだろう。ミスラの秘書が私の肩を叩いた。あなたこれは名誉なことよ、自信を持ちなさい、と見当違いの慰めをする。ヘイムジ・ケイムジがジュノ大公面会許可証に印を押す。その書類を差し出しながらこう言う。
「この国への信頼に関わる大事な仕事だ、頑張ってくれたまえ」

 そういえば、警備隊長ウォルフガングもウィンダスを見下していた。この国で母国の尊厳を保つのは、思ったより難しいのかもしれぬ。


 大公邸はル・ルデの庭、戦没者供養碑の北側に建っている。幅の広い中央階段を上ると、大扉があって、左右に白銀の鎧を着た衛兵が控えている。片方はガルカであって、私に顔立ちがよく似ているが、彼は無愛想に書類を調べ、問題はないから通れと扉をさし開く。

 真紅のカーペットが玉座まで続いている。細身で長身のヒュームが腰をかけ、組んだ右足の膝に頬杖をついている。

「新任の大使館員か」彼はにったりと微笑む。
「私がジュノ大公カムラナートだ」

 ジュノ大公が若い男で、眉目秀麗だというのは聞いていた。だが実際の彼は、想像以上に若く、想像以上に美しかった。20年前に人類軍を指揮したのはこの男の筈だが、齢30を越えているようには到底見えない。肩まで流れる金髪に覆われた顔もそうだが、身にまとった黒絹は薄く、身体の線があらわになっている。老化の兆候は一切ない。切れ長の目、肉のうすいくちびる。鼻の付け根から両頬にかけて、なぜか赤いくまどりの線が伸びている。そんな化粧も、顔のバランスを壊すどころか、かえって陶器のような美しさを際立たせているのである。

「お客さん?」

 小柄な影が玉座の後ろから飛び出た。ヒュームの少年だった。
「はじめまして、僕はエルドナーシュ。よろしく」

 年齢は12、3歳くらいだろうか。少年は黒いチュニックに身を包んでいる。カムラナートほどではないが、顔立ちもよく整っている。それだけに、無造作に左目を覆う黒いアイパッチが目だって見えた。

「エルドナーシュは私の弟だ。話を聞くだけだから気にせんでくれ。本題にうつろう」
 ジュノ大公は組んでいた足をほどき、小さく身を乗り出した。


 ベドー、オズトロヤ城、ダボイ。獣人たちの活動が再び活発化している。冒険者の力及ばず、奴らに支配される土地も徐々に目だってきている。

 大公の話によれば、どうやら奴らは、20年前自分たちを率いた「闇の王」を復活させるつもりらしい。私は頷いた。ドラゴンを倒したときに、闇の手先がその計画に言及していた(その129参照)。獣人の中にそういう一派もいる、というふうに理解していたが、あにはからんや、大陸全土を巻き込んでの大計画だったとは。

「連中は、魔晶石という、不思議な石の力を利用しようとしているらしい。そこで奴らの計画を阻止するために、先に述べた三つの場所から、各種の魔晶石を奪ってきて欲しいのだよ」

 ベドー、オズトロヤ城、ダボイは、いずれも獣人たちの本拠地である。とてもじゃないが、気軽に一人で行って無事に帰れるような場所ではない。

「獣人たちも罠を仕掛けて待っているんだろうね」

 エルドナーシュがいやなことを言う。カムラナートが鷹揚に頷く。
「弟の言うとおりかもしれん。まずは街へ出て情報を収集するとよかろう」 


「待ちたまえ」
 背中を向けた私に声をかける者があった。黒いローブを着たヒュームである。ジュノ公邸の連中はよほど黒が好きとみえる。

「このたびの大公陛下のご判断から、天晶堂のアルドという男に協力を要請することにした。その旨を手紙に記しておいたから、持っていきたまえ」

「アルド! あれは役に立つ男だぞ!」
 遠くから大公の声が響いた。
「お前も冒険者なら、面識を持っておいて損はない」

 なぜだか知らないが、彼の声を聞いて、背筋が震えるのを覚えた。

 アルドへの手紙を受け取り、私は早々に大公邸を後にした。


(04.05.03)
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