その354

キルトログ、ミザレオ海岸を散策する

 不可解なプロミヴォンへの旅が、思いがけず辺境旅行に変わってしまった。どういう経緯でそうなったのかわからず、一抹の不安はあるのだが、私は境遇を楽しんでいた。ついさっきまであの息苦しい世界にいたのである。やはり開けた土地――それも景色が美しく、探検しがいのある土地――を歩くのは、格別の心地よさがある。

 我々は今、タブナジア群島にいる。「漂流」場所のルフェーゼ野を抜けて、隣のミザレオ海岸に行くところだ。タブナジア侯国は海洋貿易国として知られた。ことによっては、古都の港を見ることが出来るかも知れぬ。もっともそれが、現在でも機能しているかどうかは怪しいものだが。

 タブナジアの空はどこまでも広がっている。曇り空なのが惜しいところだ。天気は不安定で、時々晴れ間が覗いたりもするのだが、すぐにまた雲が集まってしまう。しかも積乱雲らしく、ごろごろと雷音を響かせるのだ。総じて天気は悪い。せっかくタブナジアまで来た、記念すべき日だというのに。
 我々の先頭を行くSteelbearが、ぽつりと漏らした。
「空が広すぎて不安になるね」
 なるほどそういう考え方もあろう。だが新天地に興奮するあまり、私はすっかり陽気になっていた。夕焼けに西の空が赤々と染まって、23年前の戦火を連想し、ぎょっと身をすくませたことはあったのだが……。


 ミザレオ海岸に出てはみたものの、しばらくはルフェーゼ野と変わらぬ地形が続く。野原の中央に、木製の見張り台を見つけ、私とLeeshaは喜んだ。さっそく上ってみることにする。

 見張り台はエリアのあちこちに散見される。おそらく軍事的な目的で作られたのだろう。たいして面白くもない景色が広がっていることも多いが、海岸線にあるやつは違った。緑を湛えた岬と、水平線に溶けていく水の青が調和し、すばらしい景観を生んでいる。バタリア丘陵の崖からも、同じような眺めが覗けなくはないのだが、水深の関係だろう、ここほど水が淡く見えず、若干損をしている印象がある。
 惜しいと思ったのは、やはり曇り空だ。この景色は、さんさんと照る太陽の下でこそ輝くだろう。思えばギルド桟橋の霧も、風景の美しさを幾分か損なわせていた。ただし独特の寂寥感が加わるので、それはそれで別の味わいを生んではいたのだが。その点タブナジアの海岸は、やはり「惜しい」と言いたくなる。晴れたとき、朝焼けのときに見たかった。幸いこの地では、晴れることも多々あるようなので、今度訪れたときに期待したい。

 
タブナジアの海岸線

 ところで西の最果てにも、獣人は住んでいる。オークの姿を――戦車を含め――ちらちらと見かけることがあった。こんなところまでサンドリアに従っているわけだ。もっとも、どこにでも顔を出すゴブリンの姿はなく、代わりに焚き火に当たっていたのは、奴らよりずっと野蛮であろう巨人の一族であった。

 しばしば言われる説によれば、タブナジアの生態系は独特である。確かに、これまで見なかった生き物がねり歩いていた。ディアドラマもその一種である。こいつは鳥なのだが、チョコボと同じように地面を歩いている。首が長く、大きさはダルメルほどもある。ロック鳥という種類らしいのだが、飛べるのかどうかは知らない。ただ、タブナジアにしか生息しないというわけではなく、ヴォルボー地方の嘆きの谷にも、ペリュトンという同種の鳥が見られるという。


 仲間たちが、美しい滝に案内してくれるというので、ついていった。草原の中央を、浅い川が蛇行している。沢に向かって駆け上がっていくと、石橋をくぐった向こうに、紫色の水の流れ落ちる大きな滝を見つけた。ヴァナ・ディールで有名な滝はいくつかある。北グスタベルグを流れる臥竜の滝、ヨアトル大森林の海蛇洞窟前の滝、聖地ジ・タのボヤーダ樹内に流れる大瀑布。タブナジアのそれはどこの規模にも負けぬ。滝壺の近くから見上げると相当な迫力なのだが、それでも勇壮というよりは優雅な感じがする。やはりタブナジアという土地が、繊細で貴族的な印象をさし招くのだろうか。

美しい滝

 川から上がってブーツを拭いた。そろそろ、東の空が白みつつある。
 橋に繋がる道の向こうを、冒険者の一行が歩いていた。すっかり躁になっていた私は、彼らに向かって手を振った。冒険者は3人いるようだ。小竜を連れていることからして、竜騎士が混ざっているらしい。一人は肩幅ががっちりしている。拳法着を纏ったその体躯から、ガルカのモンクであることは容易に推測される。
 
 おーいと声をかけたら、彼らは立ち止まった。「それは……」とIllvestが、言いにくそうに言う。

 彼らの前方へ回り込んで、私はひいと言った。
 彼らの顔はなかった。のっぺりとした闇色で、得体の知れない黄色の瞳だけが炯々(けいけい)と輝いている。奇妙なのは、私の目の前に立っているのに、まったく気配を感じないことである。彼らは一切の生気を放っていないのだ。
 こいつらは幽霊なのだ、とRagnarokが説明してくれた。私も後に知った。フォモールといって、アンデッドの一種らしい。冒険者の霊が肉体を伴ったものか、あるいは擬態の可能性もあるが、はっきりしない。タブナジアの近くをうろついており、遠目からは同業者にしか見えないという。
 奴らが襲ってくる気配はない。その点では、単なる怨霊ではないようだ(注1)。とはいえ気味が悪いから、私は早々にそこを離れた。特にフォモール・モンクは、髪型や体格からして、何となく私に似ているところがある。

「Kiltrogさんは、いつ着替えたのですか」

 Leeshaが余計なことを言う。彼女は拳法着の袖を引っ張り、フォモールに向かってひひひと笑う。「チキショー!」と私は喉をかきむしった。わが妻ながら、ああ腹が立つ。きー!

 
フォモール

 夜が明けて、いよいよ、中心部に連れて行ってもらうことになった。

 私は興奮して、候都の中には入れるのか、と尋ねたのだが、「さあ」という素っ気ない答えが返ってきた。いきなり出鼻をくじかれた格好だ。仲間の「さあ」という言葉は、いろいろに解釈できる。タブナジアに来た以上、都に入ってみたいと思うのは人情である。仲間たちも例外ではなかろうし、そう願っていたからには、入り口を探さなかったはずがない。なのになぜ答えの歯切れが悪いのだろう。考えられるのは2つ。まず、現時点では入り口が見つかっていない。そして、今は都に入ることが出来ないが、将来的には行けるかもしれない、むしろ行けそうだ、という希望的観測を含む。以上の条件に従って、彼らは私に「さあ」と返事をしたものだろう。

 候都には入れないが、とRagnarokが言った。「地下壕がある」。タブナジアの人々が逃げ込んだ洞窟を、彼は既に見つけていた。そして、候都を遠くから一望できる丘も。どっちに行きたいかと聞かれたので、私は「丘」と答えた。少なくとも場所さえわかったら、そこに到る道を推測するよすがになる。

 Ragnarokたちに導かれるまま、私は道を上った。何の変哲もない丘だった。とりわけ高さに優れてはおらず、特徴のあるかたちをしているわけでもない。しかし、行き当たりの崖からの眺めは絶品で、私は思わず嘆息した。タブナジアに来てから、何度この類の息を吐いたことだろう。
 視界の先まで、なだらかな山脈が続いている。針葉樹の林が山々を彩っている。緑の中から身を起こしているのは、巨大なアーチ型の岩山だ。夕焼けの意匠を受け、岩肌が赤銅色に輝いている。鳶が一羽、ゆったりと舞っていた。翼を広げて滑空し、優雅にアーチを潜り抜けては、岩山の周囲を何度も回り続けているのだ。

 Steelbearが指摘するには、侯国はあの山の麓にあり、獣人軍の襲撃を受けて壊滅したという。なるほど場所がわからない。遠くから集落も確認できないし、そこに繋がる道も見えない。私の目論見は甘かった。訪れる方法はあるはずなのにと、仲間の誰もが苛立っていたことだろう。
 
 それにしても、と私は思った。一度滅んだ街にしては、美しい眺望である。国敗れて山河あり、という。崖からの眺めを、私は十分楽しんだ。群島に残る諸々の景色からは、23年前の悲劇を想像することはとうてい出来ぬ。

 我々の間に伝わっている、戦争当時の物語は、はたして事実だろうか? そこでは、タブナジアとおぼしき土地について語られている。戦争を生き抜いた当地の少年が、冒険者となり、仲間を引き連れて戻ってきたという。これが事実だとすれば、彼はここから故郷を眺め下ろしたことになる。20年の歳月を経て、彼の胸に去来したものは何であったか。それは彼と、暁の女神アルタナだけがご存じであろう(注2)


アーチ型の岩。
あのふもとに候都が?

注1
 フォモールを一度でも倒した者に対して、彼らはアクティブになります。この恨みの度合いは、現地の獣人を倒すことで減少します。

注2
 FF11のオープニング・ムービーで語られる物語です。アルドという名の少年が戦火に巻き込まれ、姉と生き別れになってしまいます。彼は20年後、冒険者の仲間を連れて戻ってきて、丘の上から自分の故郷を見下ろします。ちょうど、Kiltrogらが立っていた場所でした。
 アーチ型の岩山については、しばらくその存在が見つからず、「あれは何処か」と論争になっていました。アルド少年は天晶堂のアルドか。彼の姉は、セルビナにいる記憶喪失の婦人(その75参照)なのか。答えはこの先、明らかになるでしょう(?)。


(05.05.13)
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