その364

キルトログ、三つの紋章を入手する(1)

 ジュノに戻るなり早々、私はマートの試練を受けた。

 この鍛錬家の爺さんは、冒険者が壁にぶち当たるたび、課題を出して回るのである。課題内容は、因果関係を感じさせないものが多いが、何故か効果はてきめんなので、あらゆる冒険者に信頼されている――少なくとも、結果が出るという点においては。

 60レベルの壁を破るための試練とは、こうであった。

 オークの紋章
 ヤグードの紋章
 クゥダフの紋章


 以上の三点を、それぞれの獣人拠点より持ち帰ること。

 紋章に関する説明は何もない。そこで調べてみた。どういうものかについて詳しくはわからなかったが、どうやら各獣人拠点、ダボイ、ベドー、オズトロヤ城の、最奥層から奪って来なければならないらしい。
 最奥層というと、各獣人のボスがいるところだ……。大勢で押し入るには勇気がいる。75レベルでも危険、という話はしょっちゅう聞く。姿を消し、足音を殺して、こっそりと奪って来るのがよい。ただ小耳に挟んだところでは、各ボスにはインビジもスニークも効かぬ、小ざかしい隠れ呪文はすべて見破られる、というのだが……。


 天晶暦875年、ノルバレン地方にある山村が、オークによって襲撃された。同地はオークによって「ダボイ」と名づけられ、奴らの拠点となった。わずか10数年前、この山村は、小さな修道院存在することだけが知られていた。現在ではダボイを知らぬ者はない。静かな寒村ではなく、忌まわしい、獣人への憎悪を募らせる代名詞として、である。

 ダボイは川が多く、あちこちが水路で寸断されている。修道院は中央島と呼ばれる位置にあった。私たちが洞窟を抜けていくと、中央島のど真ん中――まさしくダボイの中心に出た。目の前の崖の上に、窓が無残に破れた建物がある。人の住んでいる様子はない。
 ここまでは魔法を使い、気配を消して来ている。下草を踏んでいったところで、足音すらしない。崖を回りこんでいくと、歴史ある修道院の屋根が、ぼろぼろに崩れ落ちているのがわかった。さながら、攻城兵器の一撃でも受けたかのようである。
 私は、胸がつぶれる思いがした。住民たちは、決して死ぬ必要などなかったのに。だが数から言うと、これは獣人との戦の中の、ほんのささやかな犠牲に過ぎないのだ。


修道院

 陸路を東に向かった。ぼろぼろの吊り橋を渡ると、通路が南北に分かれていた。南の道を辿ると、凶暴そうなオークが巡回する向こうに、虹色の膜の張った洞窟が見えた。ははん、結界だな、と合点がいった。同様の現象は前にも見たことがある(その261参照)。だが前回のように、この村の紋章をかざしても開かない。どうやら別の方法を考えねばならぬようだ。

 私たちは、残された北の道を辿った。さっきの封印が、大将
バックゴデック自ら施したものだとしたら、状況は絶望的だ。北の道は、どうか行き止まりでありませんように。小さな橋が見えてくる。その向こうにいる人影は、オークか? だとしたら、魔法を切らさないようにしなければ……。

 髭を生やしたエルヴァーンが、腕組みをして立っていた。
 私たちは、唖然として通り過ぎた。
 橋を渡ったら、床が木製になった。円形の足場が木材で組まれている。周囲には篝火がたかれ、そろそろ夕闇の迫るダボイを、明るく照らし出している。白いフードを被ったタルタルがひとり、台の上でふんぞり返っていた。しかし彼の身長は、台の恩恵を受けていても、Leeshaの胸の高さにすら届いてはいない。

「きみたち、何しにきたの!」
 タルタルが言う。見破られてしまったようである。そこで、よほど高位の魔道士なのだろう、と見当をつける。人は――とりわけタルタルは――見かけによらない。エルヴァーンが鎧を鳴らしながら舞い戻って来た。
「どうか致しましたか、導師殿」

 ことをややこしくしないように、私たちは身分を明らかにした。紋章を取りに来た、というと、2人は顔を見合わせた。どうやら彼らにとっては、あまり楽しくない話題であるらしい。

 タルタルはセーダル・ゴジャルと名乗った。ウィンダスの大魔道士なのだという。
「せっかくオーク大将を、洞窟に封じ込めたんだよ!」
 彼は子供のように歯軋りをする。先刻の封印は、オーク側の防御壁ではなかったのだ。少し光明がさしてきた。だが彼らの反応は、決して芳しくない。
「きみたちを通すには、それをまた開かなくちゃいけないんだなぁ……」
 いかにも面倒くさそうだ。そこを何とか、と私たちは頼み込んだ。
 タルタルはエルヴァーンの方に首を振った。
ベルナール隊長、どうする?」
「導師殿のお心のままに」
「ちぇっ」と、セーダル・ゴジャルは舌打ちをした。だぶだぶのローブの隠しから、小さな水晶球を取り出してみせる。
「じゃあ、これを持っていきなよ」

 私は喜んで受け取った。これで結界が開きましょうか、と尋ねてみると、「開かないよ」との返事。2人で揃ってずっこけた。
「そうそう結論を急ぐものじゃないよー」
 セーダル・ゴジャルはのんびりと言う。
「ここの地図は持ってる? よろしい。ダボイには、4つの呪われた池がある。そこを回って、このオーブを浸してまわるのね。4つすべてを巡回したら、ぼくのところに戻ってくるの。持ち主が結界を抜けられるよう、オーブに特別な魔法をかけてあげるよ」
 面倒な話だと思ったが、口には出さずにおいた。これほどの魔道士なら、心の中まで読み通してしまうかもしれぬ。
 セーダル・ゴジャルがあぐらを組んで、ぶつぶつと言い出したので、私はエルヴァーンに尋ねてみた。あなた方はここで、何をやっているのですか。

「大将バッグゴデックの調査だ」
 ベルナールはにこりともしない。
「ウィンダスの導師殿の協力により、奴のいる洞窟を封印し、援軍を待っている。私の部下のクマリコンが、本国へ伝令に走っているはずだ。王立騎士団が到着し、奇襲をかけることさえ出来れば、じきにダボイは陥落するぞ」
「そー。そしたら、ウィンダスに帰れる」
 セーダル・ゴジャルが、ふぁ〜とあくびをした。
「国にも、ずいぶん戻ってないなあ。魔法学校はどうしたろうか。コル・モル博士は、ちゃんとやってるかな? あの人、ぼくが学生の頃から、教師としては失格だったし、人間としても失格だったんだけどね」
 これほどの魔道士が、ウィンダスで無名のはずはない、と考えていて、私ははたと思い至った。コル・モル博士は現在、失踪中の耳の院院長の代理として、魔法学校の校長を兼任している。
 ということは、セーダル・ゴジャルの正体は……。
「早くいかないの?」
 彼は退屈そうに言った。
「何なら、ここにいてもいいよ。封印かかってるから、獣人はこっち来ないし、ぼくらの暇もつぶれる。でもきみたち、紋章取らないといけないんでしょ。用事があるなら、出来るだけさっさと済ます方がいいと思うよ」


セーダル・ゴジャル

 こうして私たちは、大将のいる洞窟を目の前にして、ダボイを再び巡回する羽目になった。
 セーダル・ゴジャルが念を押した通り、地図を開いてみたら、4つのうち3つは記載されている。喚きの池嘆きの池叫びの池というふうに、愉快じゃない名前がついている。さて、もう1つを探さねばならんぞと思っていたら、呻きの池については、Leeshaが既に場所を知っている、というのだった。ありがたい。

 4つの池についてだが、池という名でこそ呼ばれているものの、さほど規模の大きいものではなく、せいぜいがジュノや、ウィンダスの噴水程度のものである。とはいえ、受ける印象はまったく正反対だ。というのは、こんこんと循環の良い噴水と違い、池の水はどれも、赤黒く淀んでいて、ふんぷんと悪臭を放っていたからである。
 こんな場所に白のオーブを漬けなくてはならない。漬けたあと拾わなくてはならない。私は腹ばいになって目的を果たそうとしたが、そういう私の奮闘に対して、Leeshaは後ろから無責任な声援を送るのである。私はげえげえ言いながら球を回収した。頭がくらくらする。吐きそうだ。この水に溶けているのは、絶対に赤土ではないだろう。この点に関しては、水晶球が証明してくれた――池から引き上げたオーブが、かすかにピンク色に染まっていたのである(注1)

 池に漬けるたびに、オーブの色が変化した。ピンクから赤味が濃くなり、しまいには血の色に見え始めた。私たちは川を遡って、秘密の嘆きの池を目指したのだが、その頃には水晶球は、悪臭すら放ち始めていた。これ以上作業を続けたら、どうにかなりそうだ。嫌な予感は当たった。最後の池にオーブを漬けると、うおーんと獣の吼え声がして、黒い煙が立ち昇った。うっかり吸い込んでしまったのが運のつき、思わずオーブを落としそうになり、何とか球だけは守ったものの、悪寒がやまず、立ち上がるに立ち上がれない。Leeshaに肩を貸してもらっても、膝のがくがくが止まらない。私は一連の作業により、オークの呪いを受けてしまったのだ。

 幸いLeeshaは白魔道士で、カーズナの術が使えた。呪いはすぐに解けたものの、体力が落ちていたので、ケアルの術も必要だった。私は元気になったが、Leeshaの魔力回復には、少々時間を割かねばならなかった。
 セーダル・ゴジャルのところへ戻ると、彼はタルタルに特有の、責任感のないへらへら笑いをした。
「やあ、ごめんごめん」と後頭部をさする。
「オーブって、何回も漬けてると呪われるんだよね。てへ、説明し忘れちゃった」
 彼がぺろりと出した舌を、本気で引っこ抜いてやろうと思ったが、多分かなわないのでやめておいた。代わりに聞こえよがしに、うーと喉の奥で唸ってやる。ところが彼は涼しい顔で、呪いを祓ってあげるねと言いながら、オーブに呪文をかけている。彼の術が終わると、水晶はどす黒い輝きを失い、鮮やかな深紅のオーブとなった。
「さあ、これでいい」と彼は言う。
「このオーブを、結界にかざしたら、一時的に通れるようになるよ。くれぐれもバックゴデックと、その近衛兵には注意してね。一応忠告しておくけど、戦っても確実に無駄だよ。奴らとっても強いから」

 そうだ。首領級のオークは、セーダル・ゴジャルらとほぼ同レベルにあるのだ。くれぐれも注意して行かねばならぬ。インビジとスニークの魔法が、最後まで我々に味方してくれればいいが……。


修道窟

 私たちは、隠密魔法を使って進んだ。屈強な体格のオークが大勢、湿っぽい洞窟の中をうろうろしている。
 正直、怖いもの見たさはあった。灰色の霞の向こうに、ノルバレン軍団の大将、悪名高きバックゴデックがいるのだ。それは私をわくわくさせた――相手は獣人だが、少なくとも生きた伝説で、その存在に私は、霧のカーテンを隔てて肉薄しているのだ。
 与えられた試練さえなかったら、私は危険を省みず、奴の玉座に迫ったかもしれない。だがLeeshaがいた。勝手な行動は許されない。私たちは、こっそりと隅っこを抜けていった。紋章は、玉座を越えた先、洞窟の隅の方にあった。
 試練を終えたら、後は逃げるだけだ。私たちは、エスケプでダボイを後にした。呆気ないような、そうでないような、複雑なダボイの旅だった。今にして思えば、オークに襲われる危険より、セーダル・ゴジャルの不快なクエストの方が、よほど強く印象に残っている。


注1
 白のオーブは、池に漬けるごとに変化します。順に、ピンクのオーブ赤のオーブ血のオーブ呪いのオーブ。呪いのオーブを入手した時点で、PCは状態異常:呪いにかかります(HP上限値が大幅にダウン)。

(05.05.29)
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