その435

キルトログ、第六の院を訪ねる(1)

 何と、ウィンダスには第六の院が存在した! 国民のほとんどはこの事実を知らないだろう。実際私も知らなかった。心の院は機密機関なのである。

 トスカ・ポリカの話を聞いていてひとつ疑問があった。彼は目の院院長だ。ウィンダスの最高権力者の一人なのだから、機密情報に近づくのはたやすいはずである。少なくとも冒険者がかぎ回るよりは効率がよかろう。その辺を問いただすと、彼はまた「ムムムム!」と唸った。

「心の院に行く方法は二通りしかない。そのうちの一つが、トライマライ水路を辿ることなのだ。しかしアジド・マルジドの一件で、満月の泉に対する警護が厳しくなっている。私が顔を出せるものか! 下手をすると、こっちまで闇牢に繋がれかねない。
 だが冒険者なら、その辺はごまかしやすいだろう。隠密行動に慣れてもいる……ランク7以上なら特にな。そうだろう?」

トスカ・ポリカ

 トスカ・ポリカから目の院の指輪を借りてきた。心の院には魔法がかかっているが、院長の指輪があれば入れるだろう、という話だ。院に到るもう一つのルートについては聞き損ねた。

 75レベルともなれば、トライマライ水路は比較的安全だが、それでも奥では何があるかわからぬ。用心棒が必要である。お馴染み白魔道士のLeesha、黒魔道士のApricot、召喚士のLandsendに頼んだ。LibrossとSifにも声をかけていたのであるが、ふたりとも用事があり、欠員が出来たので、ウィンダス港にParsiaがいたのを幸い、彼女をスカウトし5人で院を目指すことになった。

 トライマライは迷路同然ですっかり道に迷ってしまった。ドーナツ状の小さな水路――中央に柱が立っている――に突き当たり、絡んできたリーチを倒してから、我々は引き返した。先導するのは、Landsendが呼び出したカーバンクルである。たとえ地図を持っていても、私が先頭に立たない方がよいことは、過去の経験から妻もよくわかっている。だから私はただ黙ってついていく。迷ったのは誰のせいだとか狭量なことは言わない。おお、何という寛大なリーダー!

 おかげさまで、方向音痴のアビリティを発揮することもなく、我々は目的地についた。水路が段々に重なった広い場所で、ドーム状になった天井からは、星の大樹の巨大な根っこがぶら下がっている。水煙の向こうで、大量のコウモリが飛び回っている。水路脇の階段から、狭い通路が延びていた。そちらを辿ると、ずいぶん古い石の扉に突き当たった。おそらくここが心の院の入り口だろう。
 小物入れを探ったら、緑青の浮いたずいぶん古い指輪が出てきた。違う。これはいつか、オズトロヤ城で拾った持ち主不明の指輪ではないか(その248参照)。

 トスカ・ポリカの指輪を探し出し、掲げ、取っ手に手をかけたが、石扉はびくともしない。それどころか、うぉーんと狼の吼えるような音がして、不気味な声が響いてきた。
「扉は4匹のしもべに守られている……」

 しもべ? 私は引き返した。改めて広場を覗いてみたら、段々状になった水路の中を、黒いぶよぶよした塊が、半ば浮きながら移動しているのが見えた。数えると全部で4匹いる。どういうわけだかわからないが、このヒンジ・オイルをすべて倒さなければ、心の院に入ることが出来ないようなのである。


星の大樹の根。
手前の水路に見えるのがヒンジ・オイル(ちょうつがい油の意か)

 ヒンジ・オイルはたいして強くなかった。何だかんだいって我々は5人いたし、一匹一匹牽引して片付けるのは苦ではなかった。うっとおしいのはコウモリである。ぞうきんみたいな容姿をしているくせに、私がスライムを釣りに行くと、必ず余計なちょっかいをかけてくるのだ。苦戦というわけではないが面倒を強いられた。釣りに行って絡まれるのは技量が低いからだということで、私はParsiaにトラブル・メイカーの称号を戴いた。彼女が妙に喜んでいるふうなのは、さっきの水路の奥でリーチに絡まれた張本人だからである。真のお仲間というわけだ。ありがたくない結束……。

 広場の清掃が済んだ。おかげさまでコウモリもみんないなくなった。我々はゆうゆうと通路を渡り、石扉のところに戻れた。取っ手をうんうん引っ張るどころか、今度は触れるだけで簡単に開いた。狼の声が文句を告げることもない。

 中を見るなり、Leeshaがうわあと言った。扉を抜けて感きわまったのか、あまりの部屋のかび臭さにびっくりしたのか、どちらかはわからない。


 思ったよりずいぶん狭い部屋だった。院長宅の半分程度の大きさしかない。しかし本の量は、狭さとは不釣合いなほど多い。入ってきた扉の脇には、全部で七段もある本棚があり、いずれの段にも本がびっしり詰まっている。向かい側の壁にも、鏡で写したように同じような本棚が。その隣に階段があり、中二階に上がれるようになっている。小さなベッドがあり――明らかにタルタル用のサイズだ――緋色の天幕が下がっている。遠目に見てもぼろぼろであり、触れただけで崩れそうなほど劣化しているのがわかる。はやくも階段を上ったParsiaが、興味深そうに中を覗き込んでいる。

 本棚と本棚の間には、細いロープが張り渡されていた。何枚かのカードがぶら下がっている。紙は茶色に焼けており、何と書いてあるのか判然としないが、きっと研究の覚書なのだろう。この部屋の持ち主は熱心に勉強を続けていたのだ。おそらくはたった一人で。

 一人で、というのには、もちろん根拠がある。部屋の一方の壁に、粗末な長机が押し付けられているのだが、椅子は一脚しかない。そこに乗っている、白い丸いものを見てどきりとした――小さなされこうべだ。机の上には紙と本が散っており、脇には燭台と食器があって、彼が食事すらここで取っていたことがわかる。トスカ・ポリカ院長でなくとも、大きな興味が湧いてくる――こんな暗い、快適とはいえない部屋に篭りきり、続けなければならなかった研究とは、いったい何だったのであろうか?

 私は無造作に本を一冊手に取り、開きぐせのついたところを調べてみた。このように書かれていた。

「目の院に残る過去の文献を遡るに、ホルトト遺跡は、初代神子さまの時代からサルタバルタに存在するようである。
 建築様式、技術、遥かに先を行く魔道理論。それらはこの地に、先住民族がいたことを示している――それも、とても優れた」

「『塔の書』によれば、渦の魔道士は、満月の泉の獣を解き放とうとしていたようだ。しかし、彼は塔の戦の最中に命を落とした。
 満月の夜に「大いなる獣」が徘徊するようになったのは、このとき北の魔導装置が破壊されたのが原因である」

「中央の母塔を囲むように、5本の子塔が配置されたホルトト遺跡。塔の装置から発せられる魔力を使い、これまで多くの魔道書が書かれてきた。
 魔力の源泉がどこにあるか調べるため、あまたの研究者が遺跡へ潜った。多くは成果をあげなかったが、かの有名な隠者の登場で、塔にまつわる謎は解明されることとなった」

「ホルトト遺跡の伝説に関する、とても古い歌。

 まばゆい星に導かれ 民はかの地に辿り着く
 緑に萌ゆる楽園を とこしえの地と見つけたり
 荒ぶる獣を抑えるは まばゆい星のむつの指
 羅星の渦が白々と 南の空へ消える頃
 蒼き泉が残されり」


 中二階へ上ってみた。天幕の脇に細い通路がある。道はほどなく直角に折れていた。角を曲がってみると、小さな人影があった――Apricotかと思ったがそうではない。豊かな髪の毛を後ろに垂らした、そのシルエットは……。

「星の神子の許可なしに、この部屋に闖入するとは……Kiltrog! こんなところであなたは、いったい何をしているのです?」


(06.03.22)
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