ウィンダス史(4)――ヤグード戦役
■ポイント■
・レー・ハバロの登場
・五院時代の幕開け
・ヤグードとの相次ぐ戦い

◆レー・ハバロの登場

 4世紀前半から半ばにかけて、ウィンダス連邦はヤグード族と衝突した。当時のタルタルは、魔法という新しい力を獲得しており、ヴァナ・ディールでもゆるぎない勢力を誇っていた。当然ながら、第一次、第二次のヤグード戦役は、圧倒的なウィンダスの勝利で決着している。

 状況が変わり出したのは、技の時代に入ってからである。ヤグードの盛り返しが始まったのだ。彼らがタルタルに対抗したのは、魔法ではない。9世紀の現在に至るまで連綿と続く、狂信的な結束力である。

 441年、ヤグード族のレー・ハバロは、現人神を自称、急速に種族内で信仰を集めていく。483年、彼は――性別がわからないため、便宜上そう呼ぶが――信徒を集め、ヤグード教団を組織。10年後には、オズトロヤ教導軍を創設。50年以上の長い年月の間、じっくりと武装化に努めてきたのである。

 500年、彼らは満を持してサルタバルタに潜入。第三次ヤグード戦役では、レー・ハバロ自ら指揮をとった。ヤグードは善戦したが、ハバロはタルタルの魔道士コンツ・オロンツに討たれ、敗北した。コンツ・オロンツは、ハルザル族の族長であり、自ら開発した魔法でハバロを仕留めたのである。ヤグードは敗走したものの、ただでは終わらず、2年後にはタルタルを捕え、その捕虜から魔法の技術を習得した。

 レー・ハバロは死んだが、教団が消滅することはなかった。以後、現人神は、世代の移り変わりごとに新しく現れ、現在のヅェー・シシュにまで受け継がれている。

 目の院。もとの連邦図書館。487年、図書院と改名し、ソロムグの英雄の一人にして元老院議員だったマロククが院長に就任。五院で最も歴史の古い院となった。
 口の院。もと公共魔法練習場で、現在もその性格が強い。509年、口の院と改名され、第三次ヤグード戦役に功があったコンツ・オロンツが、初代院長に就任した。

◆五院時代

 数あるヤグード戦役の中でも、534年の第四次ヤグード戦役は、少し性格が異なる。この戦いでは、ヤグードはむしろ脇役に過ぎない。主役となったのは、渦の魔道士と言われた、タルタルのガラズ・ホレイズであった。

 ガラズ・ホレイズは、国家転覆を謀り、ヤグード族を利用することにした。現人神を睡眠魔法であやつることに成功。連邦軍主力を遠方へと誘い出し、魔法防壁を破り、留守同然となった聖都の中に、ヤグード教団軍を導きいれたのである。

 この絶体絶命の危機を救ったのは、魔法大学の2人の学生だった。クレブ・オグレブメダダは兄妹で、前者は闇夜の魔戦士、後者は沈黙の魔道士と呼ばれた。彼らは魔法で現人神の映像をつくり出し、教団軍に混乱を与え、見事撃退したのである。

 この功績が称えられたか、クレブ・オグレブは、耳の院と改名された魔法大学の初代院長に就任(536年)。ずっと後になってだが、メダダの方も574年、手の院(旧魔導器製造所)初代院長となった。彼女はガラズ・ホレイズの撃退だけではなく、563年にリンクシェルを発明しており、魔道士としての有能さを示していた。

 残る鼻の院は548年、本草学研究所が改名されたもので、魔光花を発明した白魔道士クリブブが初代院長に就いた。最後の手の院の改名をもって、五院時代の始まりとされる。以後この体制は300年以上続いており、院長は議会にも出席して、ウィンダス政治の一翼を担っている。

◆相次ぐ戦い

 589年、ウィンダスに東の国の使節団が渡来した。使節団は7人の少女から成り、代表のひとりは高貴な血筋(姫)であった。
 
 しかしながら、遠路はるばる訪れた異国の客人に、連邦は冷ややかだった。東の国の人々が、アルタナすら信じていない異教徒だったからだ。彼女たちは「小さやかな賢者の一族の主君」、すなわち星の神子に、親書を渡すように命じられてきたのだが、門前払いをくらって、まったく途方に暮れてしまった。

 そのとき、代表の姫が機転をきかせた。彼らの伝説にある「テング」に似た種族の話を聞いて、親書の相手を独断で変更したのである。それがヤグードだ。テングとは鼻が長く、鳥の属性を持つ空想上の生き物である。鼻でなく口ばしが長いことを除けば、確かに条件には当てはまるかもしれない。

 東の国の使節団は、ヤグードの現人神、ムー・サジャに拝謁した。サジャは彼女たちを手厚く歓迎した。ヤグード教は本来、ウィンダス以上に異教徒に寛容ではないが、遠交近攻の観点から、敢えてこの点を曲げた。サジャは屈強なヤグード兵100名を準備し、帰国する使節団の護衛にあたらせるとともに、終生の家来として生きよと命じた。使節団はこれをいたく喜び、サジャ自らしたためた親書を持ち帰った。こうして、ヤグードと東の国の国交が開かれたのである。

 結果、東洋の刀、数珠といった文物、忍道などの技術がもたらされた。闇の王が登場し、世界が戦火につつまれるまで、蜜月は200年も続いた。ヤグードが独自の文化を持つのは、以上の歴史的経緯が大きく関係している。

 トライマライ水路。
 ずっと封印され続けてきたが、676年、黒魔道士トライ・マライによって調査された。

 642年、ヤグードの決死隊が聖都に潜伏。東方の秘術で元老院会議所に入り、破壊活動を行うという事件があった(第五次ヤグード戦役)。740年の第六次ヤグード戦役では、天誅六人衆を名乗る暗殺集団が、聖都を震撼させた。必殺を期し、常に6人で敵にあたる彼らは、殺害した相手の顔に神紋を描き、自分たちの犯行であることをアピールしたという。

 レジスタンス的性格が強かった前2回と異なり、812年の第七次ヤグード戦役では、本格的な武力衝突が起こった。当時の現人神ネー・ルファは、戦闘魔導団とミスラ海兵隊の反目に目をつけ、海から陽動作戦を行った。結果連邦軍は大敗、西サルタバルタの一帯を奪われてしまう。このとき占領したエリアを、彼らはギデアスと名づけ、816年、本格的に入植を始めた。以来ギデアスは、ウィンダスの目と鼻の先において、ヤグードの前衛基地として連邦をおびやかし続けるのである。

 現在まで、第八次戦役は起こっていないが、クリスタル戦争がその代わりといえるかもしれない。そのときも、あわや陥落というダメージが聖都に与えられた。ヤグードが年々実力をつけているのは明らかである。あまり考えたくないことだが、もはやヤグード族は、連邦に匹敵するくらいの勢力となっており、早晩ウィンダスを凌駕してしまうかもしれない。現星の神子は講和政策をとっているが、相次ぐヤグードの被害に対し、国内からは強硬論も声高く起こり始めているという。

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