その336

キルトログ、ムバルポロスの調査をする(1)

 ある晴れた日のことである。飛空挺でバストゥークに着き、港の扉から外へ出ると、いつぞやの吟遊詩人の酒場――<蒸気の羊>亭(その74参照)――の前に、ローブを着たタルタルが立っていて、声高にこんなことを叫んでいるのであった。

「北グスタベルグに現れたモブリンの住みか、ムバルポロスへの調査にご協力くださいー。
 詳しくは、ミスリル銃士隊のアヤメさまへー」


酒場前にタルタルが

 アヤメとは面識がある(その129参照)。ここへ来たついでに、調査とやらの話を聞いてみてもいいだろう。


 大統領官邸に行ってみたが、アヤメの姿はない。聞いてみたら、彼女は北砲台に詰めているとのこと。大工房には、官邸を囲むようなかたちで、南北の二箇所に大砲が据えつけられている。サンドリアと交戦していた頃の名残りであろうが、今の時代にそれが必要であるかどうか。

 砲台の扉を開けようとすると、中から男女の話し声がした。邪魔しては悪いと思って、しばらく待っていたら、何もかもが聞こえて、結果的に立ち聞きするかたちになってしまった。

「じゃあ、問題なく動くのね?」
「問題ありません。点検は怠っていませんから」
「使う羽目にならないといいけど」
「出来ることなら、私もそれを願っています」

 えへんえへんと咳をして、おもむろに扉をノックし、わざとらしい足取りで入っていった。黒髪のヒュームの女と、坊主頭の男がいた。男はそれでは、と言って席を外した。アヤメは私の顔を見るなり、「あなた」とだけ言った。私が挨拶をして、ムバルポロスの調査の件で来たのだが、と切り出すと、ああ、と思い出したように、私を部屋の中へさし招いた。

 部屋の中央に、黒びかりする大筒が三門、据えつけられている。筒は壁をぶち抜いて、威風堂々とした容姿を、青空に突き上げている。なるほどこれが大砲か。触ってみたいと思ったが、アヤメの前であることをかんがみ、私は伸ばしかけた手を背中へ回した。

「北グスタベルグに現れた、ムバルポロスのことは知っていますね」
 彼女は言った。私は頷いた。
「ゴブリンのいち氏族である、モブリンの居住地……眷属同士であるとはいえ、彼らはあらゆる点で違っています。ゴブリンが個人主義的で、せいぜい家族が集まるだけなのに対し、モブリンは集団で都市を築いている。生活様式が異なるばかりでなく、独自の言語まで使っています。もはや氏族ではなく、単独の別種族として考えた方がよいくらいです。
 ここで、厄介な問題が起こります。ゴブリンのことなら、私たちには幾分か知識がある。彼らは野蛮ですが、商才に長けており、ジュノには定住している部族までいます。私たちは、彼らとならうまくやっていけるでしょう……ここで言う“友好的”とは、大規模な戦には発展しないという、いささか消極的な意味合いのものですが。冒険者との個人的な戦闘は、このさい置いておくとしてね。
 しかしモブリンは、ゴブリンの常識にまったく当てはまらない。私たちの政府は、決断を迫られているのです。バストゥークの喉元に現れた、獣人の巣窟にどう対処するか。
 彼らははたして“友好的”なのかどうか」
「そうでない場合は?」
 私は尋ねたが、彼女は答えず、ただ大筒をじっと見やるばかりだった。


アヤメ

「最悪のことも考えておかないといけません」
 彼女の指先が、砲身に触れた。
「内心は私たちも、そうでないことを期待しているのですよ。ただでさえグスタベルグには、クゥダフ族という外敵がいて、対策を余儀なくされている。不要な敵は作らぬに越したことはない。もっとも、プレジデントがどうお考えなのかは、私にはわかりませんが」

 概要は理解できた。だが、ムバルポロスが現れてから、けっこうな時間が過ぎている。そのあいだバストゥーク政府も、手をこまねいていたわけではあるまい。これほど接近した地域に登場したのであるから、彼らにとっても緊急課題だったはずだ。
 これまでは一体どうしていたのか。
「静観です」
 アヤメはさらりと言う。

「彼らはこれまで、旗を見せていない。バストゥークに対しての姿勢を示していない。ある意味では、モブリンが宣戦布告をしてきた方が、私たちの立場は簡単だったわけですが、彼らの態度のおかげで、戦争による犠牲は回避されています。少なくとも今のうちはね。将来においてどうなのかは、まったく不透明だといっていいでしょう。
 ですから私たちは、彼らの動向を探る傍ら、モブリンについての調査を重ねているのです。生態について研究するため、ウィンダスから学者も招きました。どんなささやかなものでもいいから、データが欲しい……それほど彼らの正体は、謎に包まれているのです」
 バストゥークから、使者は送ってないのだろうか。
「なかなか難しい問題でね」
 アヤメは腕を組んだ。
「それにはムバルポロスを“国家”とみなす、という前提が必要です。また、私たちにも体面がある。闖入してきたのはあちらなのだから、本来ならモブリンたちが、バストゥークに使者を送ってきてしかるべきでしょう。
 まあその点は、百歩譲ったとしてもね。ムバルポロスにはモンスターがいます。もし使者を送ったとして、傷つけられでもしたら……。たちまち開戦ですよ。少なくともバストゥークから、報復を行わずには済まなくなる。愚手もいいところで、考えられる最悪の対処法です。
 私たちは、サンドリアの例を見ていますからね。獣人といたずらに矛を交え、泥沼化することだけは避けないといけない。ムバルポロスは、監視だけしておけば無害なものかもしれない。場合によっては、需要を生み出し、経済に良い波をもたらすことも考えられる。
 まずは、しっかりとした見通しを立てないとね。そのために、あなたがたの協力が必要なのです。わかりましたか」

 少し長い話になったが、よく理解できた。ただ、根掘り葉掘り聞いた私が悪いにしても、冒険者に説明するだけなら、アヤメも少し喋りすぎではないだろうか。
 それを指摘すると、「そうかもね」と彼女は笑った。

「でもあなたには、命を助けてもらったから」
 ドラゴン戦のことを言っているのだろう。では、差し引きゼロということだ。
「父と妹が、港区に住んでいるの」
 私は口をつぐんだ。
「ガルカの冒険者に助けてもらったんだって。名前は言わなかったらしいけど。忍びの巻物を渡した、と父が言っていたわ。
 あなた、得物をふたつ下げてる。私の知る限り、二刀流というのは、ヴァナ・ディールには存在してない、東洋伝来の武術のはず。
 だとしたら、自分で学んだのね。ノーグにおいてか……あるいは……」

 ガルカの冒険者も多いですからな、と私は言った。ヒュームには全然およばないが、それでも近頃は、結構な人数にはなってるはずだから。
 ごまかしたつもりだったが、デリケートな問題に触れてしまったようだ。アヤメは気色を変えて、声の調子を鋭くした。

「あなた、バストゥークのヒュームが、みんなそうだと思っている? プレジデントのお嬢さんほどではないにしても、いろいろ……」

 ノックの音がした。アヤメは言葉を切った。さっきの男が戻ってきたようである。
 彼女は私の顔を見て、口早に言った。
「ごめんなさい、今のは忘れて。あなたとは、もっとじっくり話す必要がありそうね。すでにそうなりかけてるけど。
 さ、港区へ行って、学者のラヴォララと話しなさい。あなたなら大丈夫と思うけど、無事で帰ってこれるよう、私もささやかながら祈ってるわ」


(05.04.06)
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